みなさま、こんにちは。

夏の陽気に誘われて、本コーナーももぞもぞと蠢いてまいります。

ふと思い立って、覗いてみてくださいね。

ちょうど良いときに、きっと、出会いましょう。

さて、立夏を迎え、今日は、言霊百神から。

蠢く虫をついばむ鳥のように。

【言霊ナ】鳥之石楠船神、またの名は天鳥船

の響きを紹介します。

鳥は言葉が飛び交う姿である。神道に用いられる言葉で時鳥、鶏、白鳥、千鳥、雉、雀、鳶等はすべて言霊の象徴である。石楠は五十葉を組んで澄ますこと。船は神を祭る御船代である五十音言霊図のことである。

この五十音図はアカサタナハマヤラワの十音の配列で出来ているから十理(鳥)と云う。五十音は霊魂を載せて運ぶ道具であって、それは船の如く走り、鳥の如く空中を飛んで行くから鳥船と云う。また五十音図は方形の図であるからキリスト教では「ノアの方舟」などとも云う。仏教の奥義は言霊摩尼であって、彼岸の涅槃に渡す弘誓の船であるからこれを大乗(大船)と云う。「淡道島通ふ千鳥」と云うそのア(吾)とワ(汝)の間を往復循環する便りである。

言霊ナはすなわち名である。大いに戸惑った揚句、霊を運んで来た言葉の鳥船がいよいよ彼岸に到着して、初めの言霊を発し言う操作から、それを聞き了解する操作に渡って行く往還としての一循環すなわち一念が成就する。

そして此処で初めて言と霊とが正しく完全に結び付いて、霊であり音であり、父であり母であり、その両方の内容を兼ね具えた第三の子としての言霊(子音)となるのである。これがすなわち老子の云う「道の道とすべき」万象の正しい名であり、真奈(真言)であり、聖書の所謂「神の口より出づる言葉」としてのMannaである。耳から入った言霊を頭脳が聞召して「成程」と納得する。程(陰、女陰)が熟るとき子が生まれる。肉体であり言葉(音)である伊邪那美神が霊であり気である伊邪那岐神と正しく結び付いて御子神が生まれるのである。