2017-05-11

こんにちは。
「出版社」と聞くと、みなさんはどのようなイメージをお持ちになりますか?

本、本がたくさんある、難しい本が読める人がたくさんいる…
という非常にザックリとした印象を、私は抱いておりました。

出版社も1つの会社なので、本に直接関わる業務から、
関わらない業務までさまざまあります。営業も、もちろんあります。

あるとき、電話による営業で、まとまった数の書店さんに対して、
書籍のご案内をしていたことがありました。

こちらからお伝えする内容は、マニュアルこそありませんが、
まったく同じ内容についてのご案内です。

ある程度の数をこなした時に、ふと不思議な感覚があることに気づいたのです。
やりとりしているのは同じ内容なのですが、相手の方とのお話から抱く私の印象が、
100人だったら100通り違う、まったくの千差万別だった、ということです。

違う人とお話をすれば、違う印象なのは当然のことなのですが、
同じ内容のやりとりをしても、これだけ違うのだな…と、
そのことを更に深く、納得させられました。

興味深かったのは、相手の方から伝わってくるものが、
その発せられた言葉の意味とは全く違ったものである、ということ。

言葉の上では、書籍の案内に関するやりとりをしています。
けれど私が受けた印象は、

プラスなものでは、
・心地よさ
・軽快
・感謝

マイナスなものでは
・迷惑さ
・困惑さ
・恐怖心

といった感情的なものでした。

「書籍の紹介」というやりとりに使われた言葉に乗ってこちらに運ばれて来たのは、
言葉の意味とともに、相手の方が抱いているあろう意識、
そのものだったように感じました。

それを自覚できたときには、それは大きな発見のようでした。

私たちは、言葉をもって会話をしているようですが、
やはり言葉のその発せられた元にある意識同士で会話をしているのですね。

何をどう伝えるか、という言葉尻にだけ目を受けてしまいがちですが、
伝える時に自分がどういう意識でいるのか、
そちらの方に焦点を当てていきたい、と思いました。

先日、「言霊百神」について書かせていただきましたが、

その百神の中の一節をご紹介いたします。

『先天を根底としてその正系の順序を経て生まれて来る真言麻邇ではなく、
天の真奈井の源から発せられる真奈ではなくして、その中途の口辺から発せられる如き、
すなわちその淵源との連絡関連の経路と自覚が断絶している言葉を口縄と云う。』
(「しめ縄(言と霊との結合)」の項より)