2017-06-01

みなさま、こんにちは。
本日もありがとうございます、ワキノコビトでございます。

今日は6月1日。
月が変わりました。新たな月が始まりました。
気持ちも新たに、本日も参りましょう!(^^)!

雨のしずくが一層輝きを増す
この時期のアジサイ

さて本日は、大好評!!「書き起こし」シリーズ第四弾です。

今回は、この書き起こしがその方の人生の大きな分岐点となった!
という、ご本人の赤裸々告白も交えての、壮大な内容となっております。

どうぞ、ご覧くださいませ。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

今回、「書き起こし~秘話〜」を書かせて頂く事となりました、Iです。
どうぞ宜しくお願い致します。

正直に言いうと、この「小笠原先生の書き起こし依頼」の話を聞いた時の僕は、
軽く引きこもっていました。

その理由は、更に11ヶ月ほど遡ります。
当時無職だった、27歳の私は、大学時代の恩師の縁故で転職しようか、どうか
迷っていた時に、たまたまあるセミナーが目に止まり、何故か恩師の紹介を袖にして、
半年間かけて、日本の叡智である、「祓い・言霊・鎮魂」を学ぶことにしました。

セミナー後、皇室にだけ残されてきたという、その日本の叡智を学んだのだから、
「これからの俺の人生、バラ色だ!!!」
と当時の僕は、本当に思っていました・・・

ただ、現実はそう甘くもなく、経済面も人間関係も、仕事も何もかも、
本当に、八方塞がりでした。

しかしその当時は、そんな状況だとは誰にも言えなくて、その学びの関連団体が
月1回やっていたインターネットライブ形式の勉強会動画を、自分なりに勝手に、
纏めて文字起こしして、SNSのグループページに投稿していました。

今、振り返れば、「現状を、どうにかしたい!」という一心だったのだと思います。

ただ、全く好転しない現状に、だんだん疑心暗鬼に陥っていきました。
「お世話になった方々に不義理して、飛び込んだこの世界は、偽物だったのか…?」
「本当に、この言霊の学びは、続けて良いのだろうか?」

現状を変えたくて、この学びを始めたのに、前にも後ろにも進めていない様な悶々と
した日々が数ヶ月続き、自然と飲み会など、人会う機会を避けるようになっていきました。

そんなIさん、思い出の書。
「無門関講和が一番記憶に残っています」(Iさん)

その間、金融商品や他のセミナーなどにも、こっそりと手を出したりして、ついに
お金も底をつき、鳴り物入りで移り住んだ関東から、名古屋に出戻りし派遣労働の
住み込みで仕事をすることになりました・・・

当時は、全く人生が好転しない現状に、本当に心底悩みました。
ふとした時に、幸せな結婚式の写真などがSNSにあがっているのを見ると、
自分と比較して怖くなるくらいでした。

ただ、今になって振り返るとその時期は、(学生時代から内心、バカにしていた)
自分の親父の忍耐力の凄さや、自分の意志(だと思っていたもの)そのものを、
見直す良い機会になりました。

経済的にも、精神的にしんどくて、軽い引きこもり状態だった私が、最後に
もう1回だけ、この言霊の学びに行こうと思ったのが、たまたま名古屋で行われていた
言霊の勉強会でした。

そして会場に着くと、同じ学びをやっているNさんにばったりと会い、勉強会の後、
懇親会があると言うので、あんまり気乗りしませんでしたが、参加することにしました。

そうすると、いつもの勉強会ライブ動画で「小笠原孝次先生の原文の書き起こしを
募集している」という話を、Nさんから聞きました。

(書き起こしメンバー I)

(つづく)