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「すべての人間は潜在的なアーティストである」

こんな素敵な言葉を教えてくれたアーティストがいます。
『光と風のクリエ』(7月新刊)の著者、「金 大偉」(きんたいい)さんです。

金大偉さんは、幼い頃から誰にも教わらずに描いていたという絵に始まり、十代には音楽に目覚め、現在は映像表現を含む、さまざまなアート表現を一人で手がけるようになったマルチな才能を持つアーティスト。

マルチな才能に加え、その多彩な印象も金大偉さんらしさかもしれません。

少し長めの独特のヘアースタイルに、品のある顔立ち。細身のバレエダンサーのようなすらりとした立ち姿から、耳にするだけで心が和らぐようなやわらかな音を奏でるかと思えば、お気に入りのサランギーというインドの弦楽器を手にすると一転、地響きのような力強い音を鳴り響かせることができる、豪快さを併せ持つ人。

ところが。そんな演奏の後、初めて金大偉さんと直接言葉を交わしてみると――演奏時の男性的だった印象ががらりと変わります。
「えっ? あの豪快なサランギー演奏をした人と同じ人??」
やわらかで女性的ともいえる物腰のなめらかさ、どんな人にも、別れ際の最後の最後まで、丁寧に丁寧に挨拶をする、その誠実な姿勢‥‥‥

才能、人柄、人と対する姿勢などから垣間見ることができる、こうした多彩な印象は、もしかすれば、中国で生まれ日本でアーティストになった「金 大偉」という〝特異〟な人生を歩んできた、そのことに関係するのかもしれません。

父親が満洲人、母親が日本人という金大偉さんは、14歳の時に日本に。14歳といえば、ちょうど多感な時期。その時に言葉も分からない、文化も習慣も考え方も違う国で暮らし始めました。

それ以前の中国での生活の中でも、金大偉さんは歴史に残る社会的騒乱にも遭遇しています。
中国で1966年から約10年もの間続いた「文化大革命」です。

表向きは資本主義の復活を阻止する運動といわれた(実際は「毛沢東」の復権のための大規模な権力闘争でもあったといわれます)この文化大革命では、当時の体制維持に不都合な活動しているとされた作家や芸術家などが槍玉にあげられ、あからさまな弾圧を受けたことが広く知られています。

その中に、王政のような封建的な政治制度は社会主義国家を堕落させるもの、という考え方から、過去の王朝につながる人々も含まれていました。

実は、金大偉さんの父方は、中国最後の王朝といわれる清朝を興した王族につながる血筋。幼かった金大偉さんには、実際にどんな圧力がご家族にかかっていたか、具体的な記憶はないそうですが、文革の最中に、所蔵していたある肖像写真を庭で焼いたんだよ、ということを後で聞かされたといいます。その写真は大きなもので、一目で王族の末裔とわかる姿をした人が写っていたといいます。

どれほどの緊張を強いられた毎日であったのか‥‥‥いまの日本では、想像することも難しいことですが、本書で語られる金大偉さんの穏やかな言葉の奥に、透かし絵のように、中国という大国の歴史と文化が見えてくることも確かです。

こうした「環境が変わる」という言葉ではとても表現できないような、自分の人生に降りかかってきたさまざまな変化に押しつぶされず、むしろその変化を「多彩な個性」として自分の中に蓄え、独特のアートスタイルを築きあげるエネルギーとしてきた‥‥‥「金大偉」というアーティストの背景や素顔に触れることができるのも、本書の魅力の一つです。

さて、金大偉さんはもう一つ、こんなことも本で語っています。

「すべてのアーティストはシャーマン的である」

シャーマンという言葉を聞いたことがあると思いますが、この言葉は、ある意味では本著のキーワードでもあります。

冒頭の言葉とあわせると、
「すべての人間は、潜在的にはシャーマン的である」
つまり私たち一人一人が、「シャーマン的である」ということになります。

「一体どういうこと?」と思われた方は、実際に本書の中の金大偉さんの言葉に触れていただくとして、ここから少し本の内容について、ご紹介します。
本書は、600ページを超える大作。その内容もバラエティーにとんでおり、目次だけでなんと6ページにもなりました。そこで今回は、流れを再編集して、「カテゴリー別」にてご案内をいたします。

〇This is 金大偉~人間・金大偉から、アーティスト・金大偉まで

金大偉さんのことを知りたいならこの1冊。処女作となった本著は、金大偉のアート観のみならず、生い立ちやデビューに至るまでの経緯、その後の音楽の変遷、映像や自らの岐路となる先人たちとの出会いまでさまざまに描かれています。金大偉さんファンにはたまらない情報が満載です。

〇アートについて~金大偉はなぜ〝統合アート〟を目指すようになったのか~

ご両親が仕事として絵を描いていたという環境にあった金大偉さんは、生まれた時から当たり前のように「アート」の中にいました。一方で、学者と肩をならべて話せるほどの知識と学びを深めることをいとわない金大偉さんは、東洋の芸術だけではなく、西洋の芸術や学問にも非常に詳しく、自身も大きな影響を受けたといいます。そうした様々な学びや影響をベースに、次第に形作られてきた金大偉ならではの発想、それがアートを〝統合的に〟表現するという、統合アートの発想です。芸術と学問、西洋と東洋など、一見混じり合わないように見えるものを、ただ並列的に並べるのではなく、調和という有機的なつながりを出発点にそれらを統合的に一つの表現へと昇華させていくという発想とその試みは、アートのみならず、今を生きる私たちに大きな示唆をも与えてくれるものでもあると思います。

〇満洲について~金大偉の父方の故郷との不思議な縁

金大偉さんの父方の祖先である満洲族のシャーマン文化を追ったドキュメンタリー映画『ロスト・マンチュリア・サマン』。ご覧になった方も多いのではないでしょうか。満洲族といわれる人々は現在一千万人を超えるほどいるとされていますが、すでに満洲語を話せる人もほとんどなく、伝統のシャーマン文化も最後の灯火しか残っていないのが現状。その事実を知った金大偉さんが、満洲族の末裔として自分ができることは何か、という自問自答から満洲文化の映像の記録を残すことを思い立ち、それが形となったのがこの『ロスト・マンチュリア・サマン』という作品でした。この作品は、エスノグラフィルム パリ2017映画祭(4/11~16)では、正式招待作品として上映され、大きな賞賛を受けたと伝えられています。

日本語が失われる。話せる人がいなくなる。日本人のだれが、それを想像できるでしょうか? 金大偉さんは、自らの故郷がなくなる哀しみ、絶望に陥りながらも、映像作家として満洲文化の「今」を記録しようと、現在第二作目の撮影を続けています。
「私が子供のころは、ここには森があって、公園があったのに……」
誰でもふと、そんなことを思ったりすることはあります。私たちにとっても、「現状をみる」とはどういうことか? ということを考えさせられる話です。
ちなみに、「満洲」の洲の字。最近の日本では、サンズイのない「州」を使いますが、もともとはサンズイありの「洲」であることを、本書の校正作業のとき、金大偉さんに教えられました。金大偉さんがなぜ「州」ではなく「洲」にこだわって使い続けるのか、その想いの深さにふと気づかされた瞬間でもありました。

〇文化、思想について~東と西の考え方から~

中国の古代の思想「タオイズム」、文化人類学者レヴィ・ストロースが提唱した「ブリコラージュ」‥‥‥金大偉さんが大切にしている「統合」という考え方に至るには、アートの分野だけではなく、思想的な学びも多くありました。アートが本職でありながらも、本を読み、さまざまな分野からの学びの手も緩めることなく突き進んできた金大偉さんから出る言葉には、受け売りの知識からでは決して出てこない、自身で考え抜き、体験に裏打ちされた言葉だけが持つ重み、説得力があります。東洋西洋の違い、古今の違いを軽々と超えていく展開にも金大偉さんらしさが感じられます。

〇新しいドキュメンタリー映像について~フィールドワーク、幻想的リアリズム

「フィールドワーク」は金大偉さんの〝ドキュメンタリーアート〟を理解する上で大切なキーワードの一つ。
「自らその空間に入り込んで、全部受け止めて、それを学ぶ。それがフィールドワークです」と金大偉さんは語っています、そのようなフィールドワークをベースに、文字だけでは表現できない文化の深層を象徴的な映像を通して作品化する「文化映像学」は、金大偉さんが命名した新しいドキュメンタリー映像の分野です。
「幻想的リアリズム」――これも金大偉さんが造った、映像表現における新しい概念。リアリズムのアート表現は、「あるものをそのままに表現すること」と理解されることがほとんどだと思いますが、そこに「いや、本当にそれだけだろうか。空想することや体験したことの記憶、感じたことなども含めて私たちは生きて人生の糧にしているのだから、それらを含んだものをリアリズムと考えるべきではないか。幻想をも含んだという意味で、私はそれを幻想的リアリズムと呼ぶことにしよう」と金大偉さんは本書の中で語っています。刺激的で示唆に富む論考をお楽しみください。

〇石牟礼道子さんとの出会いについて

内発的発展論やアニミズム研究などで知られた高名な社会学者であり思想家である鶴見和子さんを通じ、作家の石牟礼道子さんと知り合った金大偉さん。その出会いは彼の人生の針路を変えるほどの大きな衝撃だったのかもしれません。
「アニミズムというのはどういうもの?」という素朴な疑問に「それは石牟礼道子そのものですよ」と意味深長の答えを返したのが鶴見和子さんだったと金大偉さんは懐かしそうに振り返ります。その鶴見さんの言葉に導かれるように出会った石牟礼さんとの映像づくり。それはアニミズムを知りたかった金大偉さんにとっての生きた理解を得る経験となっただけではなく、石牟礼道子さんとともにする時間を通して、金大偉さんのシャーマン的資質がより開かれることにもつながっていきます。本書では、金大偉さんしか出会えなかった石牟礼道子さんの素顔や言葉、不思議なシンクロニシティ体験などが紹介されています。
金大偉さんが映像に収めた『花の億土へ』は、石牟礼道子さんの姿と最後のメッセージを写し取った最後の映像にもなったのですが、石牟礼道子さんが波乱の生涯を終えた今年、金大偉さんの初めての本が完成したということにも、何か深い意味と、縁が織り込まれているように思われるのです。

大作ですが、どこから読んでもすっと金大偉さんの世界に入っていける。そんな本にできたのではないかと編集部一同思っております。「今を生きる」みなさんにぜひ手にとって触れていただきたい、温かい言葉がいっぱいの話題作です。

 

by k_t

 

出版年月 : 2018年7月
ISBNコード : 978-4-908830-12-9
税込価格 :2,600円+税

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