空を見上げることの、すっかり少なくなっている最近ですが、〝七夕〟と言われると夜空を見上げて天の川を探してみたくなるのは、不肖私だけでしょうか。

縁あってスペインのアンダルシア地方の「コルドバ」という美しい古都を訪れたことがありますが、その時に見上げた夜空は、とてもとても深く濃い紫色で、空一面にひしめくように星が輝いていました。
今もハッキリとその深い紫色の夜空を思い出すほどです。

「東京には空がない」と言ったのは、高村光太郎の名作「智恵子抄」の智恵子さん。

智恵子さん、最近はもっと空は見えなくなりました。
特に夜空は、地上が明るすぎて東京では見えなくなっています。

さて、七夕の伝説は言わずと知れた、離れ離れになってしまった彦星と織姫の物語です。
引き離されてしまった恋人同士の物語は、時代に関係なく、心を熱くします。

それは、引き離されても呼び合う、そのひたむきな真情が、人の心の純粋な所からの発露だからなのでしょうか。

今回の「万葉集への誘い」は、中臣朝臣宅守(なかとみのあそんやかもり)と狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)との間で交わされた相聞歌を取り上げていきます。

万葉集好きの女性の人気一二を争うのが、新婚直後に流罪になってしまった夫へ贈った、狭野茅上娘子のこの歌です。

「君が行く道の長手を 繰畳ね 焼き滅ぼさむ天の火もがも」

(あなたが行く長い長い道を手繰り寄せ折り畳んで、焼き滅ぼしてしまえる天の火が欲しい)

激しい想いのほとばしりです。

都に残された娘子と流刑先の宅守との間で何度も往復で交わされた歌は万葉集に宅守が40首、娘子が26首のせられています。

現代では想像もつきませんが、万葉の時代、旅は命がけです。
ましてや、流罪となったら、生きて再び会うことができるか判らないそんな状況の中で、交わされた歌です。

「私程、あなたを慕うものは世界中のどこにもいない」と訴え
「早く帰ってきて」と無理を言い、
「あなたに会えるまで、命を永らえます」と切なる思いを歌に託す娘子。

それに対して、

「自分のような取るに足らないものの為に嘆く妻が愛おしい」
「あなたの形見の衣が無ければ、何をもって命を永らえようか」と応える宅守。

実は宅守さんが流罪になった罪状はよく分からないようです。
専門家の先生方のご意見は色々とありますが、結論としては “不明“ なのです。
どうも、表に出ていない理由がありそうなのです。

なぜ結婚したばかりの愛し合う二人は離れ離れにならなくてはいけなかったのか?

「万葉集への誘い」では、今回も二人の歌からその心情を感じ取り、参加者の皆さんで感想を言いあっていきます。

そして、宅守さんの流罪の背景になにがあったのか、当時の社会情勢も紐解きながら、参加者の皆さんで考えていきたいと思います。

正式な記録のない中で、二人が残した歌、
「その肉声こそが、真実を語っている」
とは言えないでしょうか。

なんだか刑事ドラマっぽくなりましたが、メインはあくまでも熱く切ない恋物語でございます。

それぞれが感じたことをそのままに、自由に語り合うなかから生まれてくる発想は、万葉集を専攻されている諸先生方の御説には無い〝新解釈〟かもしれない。

そこが「万葉集への誘い」の大きな魅力でもあります。

楽しく自分の感性を羽ばたかせて、万葉集を代表する愛の物語を味わってはみませんか。

今回の室礼は「七夕」。こちらも毎回の楽しみのひとつです。
7月2日(火)13時30分より、皆さまのご参加をお待ち致しております。

詳細、お申込みはこちらから……7/2わき道申込フォーム

p.s.

美しい「コルドバ」の夜空にうっすらと乳白色の帯状に広がる天の河をみた時、「天の河」と名付けた古代の人々の感性は凄いなぁと感心しました。

そのころの人々は、地上の生活と天上の暮らしが切り離されることなく日常の意識の中にあったのかもしれないなと、フト思う瞬間です。

今年の「天の河」はどのように映るのでしょうね。

舟橋