現代社会が抱える最大の課題「環境破壊」を解決する鍵。それは神道の源流に備わっていた、人が自然と協調して生きる知恵にあるのではないだろうか‥‥‥
本書の著者、小堀邦夫氏は、戦後の神宮(伊勢神宮)、靖國神社の要職を歴任した神道の実践家として知られますが、並行して情熱を注いでいた神道学の研究や、詩歌や随筆など文筆の分野においても著名でした。
そのように多彩な領域に足跡を残した氏ですが、その心深くに、神職に就く以前から、温めていた強い思いがあったことを私たちは本書の制作を通じて知ることになりました。それは、近代以降の社会が経済成長の名の下に行ってきた自然環境の改変、つまり、環境破壊という問題をどうしたら解決できるか、という困難な問いです。
氏がはじめて、この環境破壊という現実に直面したのは、高校生の頃だったといいます。住民の強い反対を押し切って実行された工場建設のため、故郷(和歌山)の海浜が瞬く間に失われていく——。時代は戦後の日本経済の高度成長期にさしかかっていました。
「経済優先」の国策による代償が、おそらく何万年もの長きにわたって受け継がれてきたふるさとの景観の喪失をもたらしたこと——それは若き日の氏にとっては絶望というべき苦い思い出になったのではないでしょうか。それゆえに、その衝撃的な出来事は、氏がその後、(このような開発を推し進める側には立たない職業として)神職の道を志す契機にもなったとも聞きました。
本書が見据えるテーマの一つもまさにこの「環境問題」にありますが、この問題の本質を、「現代社会を象徴する出来事」としてとらえ、文明論の視座から、神道の源流にあった自然と調和して生きる神道的世界観と対比させつつ、掘り下げているところに神道思想家としての氏の決意を見るような気がします。
氏は、この問題の根幹にある「近現代の社会を成り立たせている思想」と、現代のあらゆる場面にみられる「石油に依存する暮らし方」(原子力にせよ、再生エネルギーにせよ、石油抜きでは成立しないのです)に対し、はっきりと異議を唱えたうえで、このように私たちに問いかけます。
石油に依存し、自然という資源を食い尽くす文明がその必然としてもたらす果てしない環境破壊の先に、希望の未来はあるのか?
神職の道を歩きながら、現代社会の一員として生きざるを得ない自分自身にそう問い続けてきた氏にとって、まさに本書のテーマは、ライフワークそのものであったといえます。
本書の中で氏は、「神社や神宮のお祭りは、文化継承の遺伝子を未来に伝えるためのシステム」と表現していますが、お祭りという神事の大元にあるものが、この列島の風土と、その自然の循環と共に生きるヒトの暮らしであったことを本書は静かに、深い息遣いとともに伝えてくれます。
人々の暮らしの中に生まれ、二千年を超えて育まれてきた神道の力。その力は、現代社会が抱える最大の課題である“環境問題”の解決のために何を成し得るのだろう?
この問いを、神道家である自身に向けて問いただしたかにも見える本作は、現代を生きる私たちが目をそむけず取り組むべき課題を明瞭に示した渾身の一作となりました。
おそらく、人生の残り時間を察せられていたのでしょう、本作が氏の遺作となったことは誠に残念なことですが、「これから多難な時代を生きることになる人々にとっての生きるための手がかり、希望への道標となることをささやかな願いとして」(「終わりに」より)書かれた本書を、一人でも多くの方に読んでいただけたらと思います。
そして、その行間にこめられた温かな氏の願いを、直に感じ取っていただけたらうれしく思います。(編集部より)
【本書の概要】
Part1 上代祭祀語篇
奈良・飛鳥時代の言葉を読み解きながら、日本人の精神文化の中枢に迫ります。万葉集、記紀をはじめとする古典、古文献を足がかりに、神道とは、人とは、心とは、といった普遍的な問いが丁寧に紐解かれます。日本語学の一編としても出色です。
Part2 環境問題篇
ついに地球規模の環境破壊を引き起こすまでになった「近現代」の根本思想、その本質とは何か? この深刻極まりない文明をいかに克服していけば良いのか? この問いを足がかりに、近代以前の日本人の暮らし方と思想を振り返り、“希望ある未来への扉”を模索します。
目次情報など
はじめに~なぜ今、「神道神学」を問うのか?
Ⅰ 上代祭祀言語篇
一章 神道神学の基層~御霊を祭る国
二章 もう一つのカミの呼び名
三章 「カミ」という語はどこからきたか
四章 タマとタマシヒ
五章 ヒトは成長して恋をする
六章 チ(霊)の本質
注一覧
Ⅱ 環境問題篇~御年の幸はふ国
二十一世紀の地球環境予測
「石油文明以前の日本」への眼差し
博学多能のモースが見た明治初期の日本
「近代」を見つめ直す
現代文明を象徴する石油と原子力発電
戦争と不可分の近代文明
「斎庭の穂」とお祭り
おわりに~未来は「より便利に、より豊かに」を超えたその先に
付篇一 米の備蓄と式年遷宮
付篇二 上代の祈り
付篇三 ケガレ考~月事に対する誤解を解くために
特別寄稿 「神主 小堀邦夫」塩﨑昇
参考文献1
参考文献2
略歴
著者プロフィール
昭和25年、和歌山市生まれ。神道家、神道学研究者、神道思想家、作家。
高校生の頃、故郷の海が工場建設のため失われる現実を目のあたりにした経験がのちに神職を志す契機となる。京都府立大学文学部卒業後、皇學館大学大学院国史学専攻課程、國學院大學神道学専攻科を修了、伊勢神宮に奉職。
在職中の平成八年三月、米ハーバード大学主宰のシンポジウム「神道とエコロジー」に招かれ、「神宮の本質」(英題はThe Yayoi-replicater。“神宮は弥生文化の遺伝子を受け継いでいる”の意)」と題して講演を行う。後年は神宮禰宜として、綜合企画室長、広報室長、祭儀部長、せんぐう館初代館長などを歴任。神宮退職後、靖國神社第十二代宮司を務め公職を終える。令和五年九月、逝去。神職身分、特級・浄階。神宮評議員。
著書に詩集『魂の原郷』( PHP研究所)、『伊勢神宮』(保育社カラーブックス)、『天へのかけはし』( JDC)、『伊勢神宮のこころ、式年遷宮の意味』(淡交社)、「歌集 走錨の令和」『第六十三回神宮式年遷宮、奉賛の道理と課題』(和器出版)などがある。
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